スポンサーサイト

  • 2011.11.05 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


2010年2月3月分の【No Nukes Relay】レポート

・TO FUTURE GIG / NO NUKES RELAY@BoRDER(10/3/28)
鉄太さんのブログ「Return of The Crazy Fucked up Daily Life」に、2010.3.28開催されたイベント「To Future GIG-No Nukes Relay-」のレポートが掲載されています。
http://cfdl.jugem.jp/?day=20100329

・祝島のうみとそらをおもう上映会@ヲルガン座 岡田和樹×東琢磨トーク採録(10/2/28)
採録その1→http://nonukesrelay.jugem.jp/?eid=99
採録その2→http://nonukesrelay.jugem.jp/?eid=100
採録その3→http://nonukesrelay.jugem.jp/?eid=101

・DAYSフォトジャーナリスト学校 祝島写真展@ヲルガン座
ヲルガン座0302_1

ヲルガン座0302_2

ヲルガン座0302_3

・祝島のうみとそらをおもう上映会「ぶんぶん通信no.3」@ヲルガン座(10/2/28)
ブログ「ヲルガン座です」→http://organza.jugem.jp/?eid=129

ヲルガン座0228_1

ヲルガン座0228_2

ヲルガン座0228_3

ヲルガン座0228_4
鎌仲ひとみ監督「ぶんぶん通信no.3」上映後、岡田和樹さんと東琢磨さんのトークショーが開催されました。メディアからは伝わらない現在の状況と多くの示唆に富んだおふたりのトークでした。

・DAYSフォトジャーナリスト学校 祝島写真展@横川シネマ
横シネ祝島写真展
フォトジャーナリズム月刊誌「DAYS JAPAN」広河隆一さん主宰のDAYSフォトジャーナリスト学校の生徒が昨年ワークショップで撮影され、「DAYS JAPAN」2009年11月号で特集された祝島写真に、広河氏によるチェルノブイリや英米の被曝地、祝島島民による祝島写真を加えたロビー写真展を開催中です。祝島産びわ茶やレターセットも販売しています。
横シネNNRポスター
これにあわせて、横川シネマでは、高度経済成長下の日本で独占企業による開発が農村を破壊していくメカニズムを若いフランス人が圧倒的な映像で捉えた驚きのドキュメンタリー『鹿島パラダイス』(1972年/フランス映画)を上映中です(26日まで19:00より/24日休映)。
また、同写真展は、3/2(火)〜3/7(金)広島市中区十日市町の音楽喫茶ヲルガン座に会場を移して引き続き開催いたします。

2010年1月分の【No Nukes Relay】レポートはこちらです→
2009年12月分の【No Nukes Relay】レポートはこちらです→
2009年11月分の【No Nukes Relay】レポートはこちらです→
2009年10月分の【No Nukes Relay】レポートはこちらです→

岡田和樹×東琢磨トークショー採録その3(2010/2/28@ヲルガン座)

 2/28(日)に広島市の音楽喫茶ヲルガン座で開催された「祝島のそらとうみをおもう上映会」。鎌仲ひとみ監督『ぶんぶん通信no.3』上映後に、ハチの干潟調査隊の活動で知られ“虹のカヤック隊”として原発予定地での阻止行動に参加している岡田和樹さんと、音楽・文化批評家で「ヒロシマ平和映画祭」事務局長の東琢磨さんによるトークショーが行われました。
 トークショー採録の最終回は、岡田さんの上関での活動の原点ともいえる“ハチの干潟”や、東さんが映画祭を通じて知ったという似島の海砂問題を通じて、広島の海の話題が語られ、そこから瀬戸内海全体へと視点が広げられていきます。また、対談後に行われた質疑応答からお二人の発言をご紹介します。果たして、原発を必要としているのは本当は誰なのか…。
・岡田和樹×東琢磨トークショー採録その1→
・岡田和樹×東琢磨トークショー採録その2→
ヲルガン座0228_4
 9月にここ(ヲルガン座)で「ぶんぶん通信no.2」を上映やった時に、岡田さんがトークしてて。たまたまハチの干潟のTVドキュメンタリーを、(岡田さんのことを)全然知らずに見て、面白いやつがいるんだなって思ってたんですけど。その、岡田さんの場合は、海の生き物が好きで、そこからどんどん入っていく訳ですよね。なんかこういう在り方もあるんだなって思って。今日は全然そっちの話はしてもらってないので、皆さんも知ってる人もいれば知らない人もいると思うんで、海の生き物が好きな面白い若い人で、その話をしている時の岡田さんの表情がいいなぁって思うんですが。なんかそういうのも広がっていくといいなと。

岡田 やっぱり僕自身がこういった問題に興味を持つようになったきっかけって言うのが、小さい時から海とか地元の自然に親しんで来たっていう事が一番大きな要因としてあって。その中で、地元の干潟が埋め立てられるという事で、それはやっぱりいけないと、自分たちが受け継ぎたいと思って、その干潟での埋め立てをしないで欲しいっていうような意思表示をずっと続けていきました。それは結果として、地元の人たちがまた気付いて下さって、それと地元の人口の半数以上の署名も集まって、その計画は中止になったんです
 それもあって、上関の自然にも実際に自分の目で見てみると、うわぁこんな所がまだ瀬戸内海に残っていたのかっていうような、本当にきれいな自然が残っていて。しかも行く度にスナメリにも会えましたし、そこの海岸線をずっと潜ってみると、豊かな海藻の海で、広島では見る事ができなくなった風景が残されていたんです。だからこそ、この上関は、上関だけの問題としてではなくて、瀬戸内海全域もそうですけど、大きな範囲で見て、ここは本当に受け継いでいきたい場所っていう事で、僕自身も上関の問題に関わるようになりました。で、その自然とかだけじゃなくて、地元に住んでる祝島の人たちは、農業漁業で誇りを持って生活をしていて。そういった人たちの生活も含めて、あの自然もそうですけど、そういったものこそ、僕たちの世代が受け継いでいかないといけないという風に感じて、この阻止行動にも参加するようになりました。
 原子力発電所は今、日本には55基あって、稼動しているのは53基くらいだったと思うんですけど、まだ解体する技術も整っていないですし、常に放射性物質を排出し続けていて。それはイコール、僕の将来に対しても次の世代に対しても大きな負担になると思うんです。負の遺産になると思う。で、それを、僕たちがはたして受け継いでいった時に、その事に対して、自分たちの将来とか次の世代に対して、誰が責任を取るのかっていう事もあって。現地の今の状況をそのまま受け継ぐっていう事が、今できる一番最善の策ではないかなっていう風に思って、一応、その自分のその経験とか、これまでの小さい頃からそういった自然に親しんできたっていう事が基で、今、現地でそういった活動を続けてる訳ですけど。
 今僕たちの世代っていうのは、本当に豊かだった頃の自然もほとんど知らないと思いますし、豊かっていっても何が豊っていうのも実際に目に見えてこないと思うんですが、自分の身近な所にある小さな自然とかもそうなんですけど、そういった所を追求していけばいくほど今の田ノ浦の貴重さも分かりますし。そういった意味で、もっともっと広島の人たちにも、どんどん声を上げてもらえたらと思いますし、関わってもらえたらなぁと思ってはいます。

 僕は、広島市のわりと海側の方…都市なので、ほとんどね、46才ですが、子どもの頃から自然はあまり残ってなかったんです。かなづちなので海にも潜れませんし…けど潜るとすごいまた楽しいんだろうなと思ったりします。
 すごくその、何度も言うようですけど「第一次産業でメシが喰えるとおもってるんですか」という中電的なモノの考え方で言えば、田ノ浦の自然とか生物多様性とかホントにどうでもいいんだろうな、ただ、僕たちの身体とか生命とか自然にすごく関わってくる事は、ホントに想像力が必要だったり、あるいは実際の生き物の色んな姿を見て、それに感動するっていうのが、僕はすごく重要なんだなと思うんですね。
 映画祭を似島でやったんですけど、似島って広島から4キロほどの島で、軍都だった時の広島の検疫場があったところで、色々そういう歴史的な背景もあるので、沖縄の映画と祝島に関しての映画を似島でみるっていう試みをやったんです。何度か打ち合わせや下見に行く間に、似島の人の中から聞こえて来たのが、海砂の問題なんですね。
 (戦後に)外地から帰って来た漁業の人たちが、漁業だけではそれこそ食えない…食えない訳でもなかったでしょうけど、海砂掘りをやって行こうと。高度経済成長に合わせて。似島のまわりも今までは最大で水深が5メートルだった所が、もう50メートルくらい掘っていると。それだけじゃなくて似島の人たちが船にクレーンをつけて海砂を掘るっていう船を作っちゃったんで、もう日本中の高度経済成長でビルが建つ所の、例えば新潟とか佐世保とか、実際に海までいって、そこで掘って砂を上げていくっていう。で、それが海砂なので、要は塩を含んでますよね。だからどんどん地震があると崩れるようなビルにもなってくるし、腐食も進んでいくという事があって。それが今度は、瀬戸内海では規制されてしまったので、今、玄界灘と沖縄の方の海砂をばんばん掘っていると。それどころか、今度はちゃんと真水で洗うように規制をされるんで、もう見入りが全然なくなって来てると。そういう問題もあってまた漁業に帰って来てるんですね、その人たちが。でも、そんなに掘って大丈夫だったんですかって聞いたら、いや、実際、全然魚はおらんようになったよ、って話で。
 僕らが景観っていう意味で海があって建物がなくてという位の見える景観で自然を判断するんじゃなくて。おそらくどこまで考えてそこまで掘ったかわからないですけども、何世代分もの海の生き物が虐殺されてる訳ですね。実際にそれだけアレすると、何世代分もの魚が取れなくなるし、潮の流れも当然変わるから、全然取れなくなっているという話をして。言われてみると、僕が子どもの頃は、まだ広島のね、近海の魚もいっぱいあったなと思って、それがどんどんなくなってて。それが、赤潮のせいだとか、色んな水質汚染だとか、それだけじゃなくて海砂の問題もあったのかなって思って。この辺の問題ってすごく…。今ね、さっきそこで売ってる南方新社って(出版社から刊行されている「九電と原発」という本に)、鹿児島の川内原発ってあって、CO2削減ばかり言われて、それがエコだとエコロジーだと思ってるけど、そんなもんじゃないんだと。(原発による海中の生態系破壊が)ホントに大変な事になってるという事で
 実際に(開発は)もう十分だろうという気もするんですけど、そうでもない人もいっぱいいるみたいで。例えば広島でいうと、市民球場をどうしてもやっぱ壊したいと、広島市は。広島市はどうしても壊したいし、じゃあそれに代わる集客をどうするんだとなると、やっぱりまた大きなビルを作りたいという話になってきて。なんかもう骨の随まで…だから、中電の社員ていうのがね、特殊でもなんでもなくて、日本中に中電社員であふれてるような感じの中で、いいのかな?という気がします。実際に中電社員と対峙してみて、中電の社員とか作業員の人たちの印象って、どうです?この人たちは何なんだろう?

岡田 色んな問題があって、どれから手をつけていいかがわからない位に日本にも問題はあるとは思うんですけども、実際に現地で中電の社員と対峙をしている中で、本当に建てたいのか、それとも…ちょっとよくわからない。こっちはずっと思いを伝えてるのに、向こうは何も返ってこないし。で、それは本社の方で聞いてくれというような言い方もされますし。どこに原発を建てる事で利益があるのか、誰のためになってるのかっていう事を聞いても、全然答えないというような状況です。その他、下請けの業者の人たちに話をしても、それは中電がやる事だからというようなことで言い逃れをするような状況で。果たして、その事が、自分たちの生活のためではあるとは思うんですけど、大きくとってみた時には、大きな負の遺産を作る事でもありますし。そういった事で、どれだけ多くの人が今後迷惑を被っていくのかという事も含めて考えていかないといけない問題だと思うんですけど…。僕にもあんまり中電の社員の方がどう思っているのかは、はっきりわからないです。

 人の発言って、他人に向って言う時に、実は自分の願望が強く現れている事があって。結局さっきの「第一次産業で喰っていけないでしょ」って言ってるのは、自分がそう思っているからだけなんですね。それと同じように、今日、中電の人たちのいろんな暴言の数々を見ていて、「あなたたちの中にも帰りたいと思っている人たちがいるでしょ」って、お前が実は思ってるんじゃないの、やりたくないんだろ、っていうのも感じて。そうじゃないとあれだけ、無表情にはならないんじゃないかっていう。祝島の人たちに話しかけているよりも、むしろ、自分を説得する為に喋っているような。そういう不気味さを、感じたんですね。で、どんなふうに揺れがあるのかなっていう。あと、実際に暴行を振るわれた作業員の人たちとは、以前から敵対関係があったとか…

岡田 直接その暴行を加えてきた作業員に対しては面識はなかったんですけども、その下請けの会社が、僕が、先ほど言った、ハチの干潟をなんとか守りたいという事で阻止をした、その干潟を埋め立てる会社がその海洋土木会社で。またそこの中電の下請けとして、今度は田ノ浦で対峙した訳なんですけど。因縁の対決ではないですけど…そんな感じではあったんです。で、僕としてはその時の思いもありましたし、なんとかそれは食い止めたいと思って、カヤックで…ホントにカヤックは手動なので。向こうは大きな動力船の、大きなクレーンもついて、しかも推進派の漁船も何十台っていって周りに引き連れてやってきてる中、木の葉のように揺れて、何隻かでそこを阻止しようという風にやった訳ですけど。その強い思いっていうか…そういったのに対して、向こうは、本当になす術がなかった、ああいう行動を取るしかなかったと考えています

岡田 (推進、反対に代わる)第三の選択肢なんですけど、その第三の選択肢が今後は一番大きな鍵を握ってくるんじゃないかと思っています。やっぱりこれまで27年間、祝島の人たちが先頭をきって、阻止行動、反対の声を上げてきたんですけど、それが徐々に、祝島の人たちも苦しくなってきてますし、それとともに地元の人たちも、推進してる人も反対してる人も徐々に数は減ってきていて。原発によって大きく左右された町の中で二分されて、辛い運動を続けておられているという事と…。
 もうひとつは、僕も現地の人でもないですし、でも、山口と広島、県境はあるんですけど、山口県の中でも下関市よりも広島市内の方が現地には近いんです。あと、原爆の落とされたこのヒロシマだからこそ、声をもっともっとあげるべきだと思っています。その一つの理由としては、今、日本の外務省の防衛大綱の中には、原爆は持たないけども、核兵器を経済的にも技術的にも作る事ができる技術力を持つという事、そのポテンシャルを常に保持するという事が書かれていて。原発っていうのはすぐに原爆に転用可能ですし、今、日本にはプルトニウムが、広島型の原爆が5000発作れる位のプルトニウムの材料が揃ってるんです。そういった意味でも、もっともっと広島の人だからこそ発信できる方法っていうのはたくさんあると思います。
 原発に“現地”はないと思います。瀬戸内海も全域で繋がってますし、空気や空もそうですけど、大地も水も、全部繋がってるので。CO2を発電時に出さないっていう風に、クリーンエネルギーだっていってますけど、実際には温排水を大量に流していて、ホントに瀬戸内海がもうこれで変わってしまうっていう位の大問題です。それだけでもひどい事なんですけど。
 それとともに、次の世代それから自分たちの将来も無視した形で行われる、この原発問題については、もっともっと幅広く日本全体から、この「最後の新規立地」を食い止めるっていう声が上がるのは当然の事で、その第三の選択肢こそ、もっともっと高めていかないといけない問題だと思っています。

 単純な事があるんですね。お前ら(電力会社)を喰わす為だろって話なんですよ、大きい電力っていうのは。単純に考えても分かるように、なんで中国電力からしか電気買えないのかっていう、そういう国策が絶対一つあるし。始まる前に岡田さんとも話したんですけど、アメリカで今開発されようとしているのが、小さい発電をたくさん作って、家屋とか数軒内で、それをネットワークしていって、バックアップしていくってやり方が進められていて、それがどうもアメリカの企業のパテント問題がでてくると。で、原発に関しては、恐らくもう戦前からの日本の財閥系云々の問題と、で、家電メーカーですね、家電なのか、あるいは大きな電力なのか、パテントの問題があって。今、新幹線の技術と一緒に原発を輸出しているっていうのが、日本の割と大きな産業になりつつあると。で、沖縄や奄美の独立・自立論者とシンポジウムをやった時に、何人か海外の事情に詳しい研究者がいて、今、世界中で日本はね、技術のガラパゴスといわれてると。要は日本でしか通用しない、ガラパゴスにしかいない生き物がいるように、日本の科学技術っていうのは、日本でしか通用しなくなっていると。で、もう日本の中でしか食いあいができなくなっている。その中で、大きな企業をどのように生き延びさせるかというのが、今の日本の競争力、世界的な競争力という問題に、オレにはまったく関係ないですけど…日本の資本家や政府、行政、官僚の人たちは、頭を悩ませているっていうのが現実ではないかと思うんですね。
 先ほど、何世代も先の事を考えるという言い方を祝島の人たちや岡田さんがされるのと対極的に、日本の官僚は常に百年先の事はオレらが考えるって、彼らは言い続けてきていて、結局何もできてないじゃん、っていう事を、もう一度示さないと。それと、大きい力が必要なんですよって、それ何の為に必要なんですかと。恐らく、原発を大事にしているのは、ひとつには絶対核武装も視野に入れていると言うのは必ずあるはずですし、そこらでもう一度僕ら自身が、第三の選択って話で出てましたけど、今まで使っていなかった発想とか、データとか考え方や、ロジック、見立て方をしていく必要があるなと。その事に、すごく僕らは、祝島や岡田さんの活動にすごく励まされているっていうのは、最後にお伝えしたいなと思いました。

岡田 最後ちょこっとだけ。今、上関の問題がホントに先行きが、もう埋め立てが始まって、原発がもしかしたらできるかもしれんっていう状況にはあるんですけど、でも、希望も相当大きいんです。去年の9月から始まった阻止行動では、祝島、これまで長くやってこられてた人たちと、それとカヤックの若い人たちが、ホントに一緒になってできてるって現状があって。これは今までになかった事です。そこからまた新しい方向で今後また阻止行動なり意思表示が続けていけれたら、また変わる見込みはまだまだあると思います。だからこそ、僕も必死になってやって行こうと思っていますけども、僕は別に特段、環境運動とか運動家とかではないので、皆と一緒だと思います。だから、声をあげる方法としては違うかも知れませんけども、それぞれにできる小さな意思表示、そういった事ができると思います。今後いろんな活動をしていきたいと思っていますので、是非またそういったところでも協力していただけたらと思います

岡田和樹×東琢磨トークショー採録その2(2010/2/28@ヲルガン座)

 2/28(日)に広島市の音楽喫茶ヲルガン座で開催された「祝島のそらとうみをおもう上映会」。鎌仲ひとみ監督『ぶんぶん通信no.3』上映後に、ハチの干潟調査隊の活動で知られ“虹のカヤック隊”として原発予定地での阻止行動に参加している岡田和樹さんと、音楽・文化批評家で「ヒロシマ平和映画祭」事務局長の東琢磨さんによるトークショーが行われました。
 トークショー採録第2弾は、岡田さんが直に聞いたり感じたりした上関の様子や、問題の構造が似ている沖縄の基地移設問題を通して、外からは伺えない現地の苦悩に想像力を働かせ、原発問題を見直すためのヒントが語られます。

岡田和樹×東琢磨トークショー採録その1→
ヲルガン座0228_2
 僕は、一度だけ田名埠頭に行っただけなんで、そんなに現場の事は判らないし、とやかくは言えないですし、今日の鎌仲さんの作品は鎌仲さんの作品で代弁することもできないですが…痛切に感じるのは、今、かなり政治の議論、話題としてでている辺野古の問題でも、数年前にはほとんど誰も知らない状態で、その中で、本当に、祝島のまわりと同じように人がいないのをいい事に、結構好き放題やっていて。それがどんどんカメラが入っていくようになり、各地から支援者の人が入っていかれたり。そうすればそうするとまた、またヨソ者が来てとか、それで推進派の人たちと反対派の中で…同じですね、親族や隣近所の人がいがみ合うようになっていくというのがあるんですが。それでも、日本政府やアメリカ軍や、祝島でいえば山口県や中国電力をね、逆にまわりから、現場のそれぞれの行動には参加できないけれども、まわりからどんどん監視していくという事ができていけばいいなと思っているんです。
 中電のそのシーカヤック隊の中傷ビラっていうのは、全然僕らも知らない話で、そんな事までやるのか!?っていう。本来だったらそういう事自体が、報道されてしかるべきだと思うんですけど、そういう事も全然なくてね。ある種、孤立無縁な戦いなのかなと、どういう風に僕らも力になれるのかなという事を、考えざるを得ないですけど。
 変な話、確かにシーシェパードって、やりすぎだとは思うんです…やりすぎだし、ちょっと違うんじゃないって。あれ自体が環境保護運動ビジネスっていうのがあるらしいので、全然日本からは分かりにくい文脈なんですが。シーシェパード自体は僕は是認する気はないんですが、ひとつの環境運動のスタイルとして、人間や自然に対する暴力でなければ暴力じゃないという理屈はアメリカの運動家たちが立てたものがあって。例えば、ああいう風に櫓とかブイとかが建てられた時は、ぶっこわしていいという考え方があるんですよね(笑)、それ自体がいいか悪いかの議論はあるとこなんですけど。アメリカの有名なアビーという作家がいて、彼は「モンキーレンチギャング」っていう小説を書いてて。もともとネイチャーライティングっていう自然をテーマにした小説を書き続けた人が、もう環境破壊がアメリカはどんどん進んでくると、特に石油プラントの話なんですが、モンキーレンチギャングって、その通り、プラントをどんどん壊してしまう活動家の話で、これはフィクションであったんだけど、それが一つの活動指針になってしまっていって、シーシェパードまで過激化していくという背景があるんです。面白い事にですね、9・11のテロの直後に、アビーの「モンキーレンチギャング」っていう本を、アメリカでね、ペーパーバッグを持って飛行機に乗ろうとしただけで逮捕されたという話があって。
 で、怖いのはですね、小説、フィクションと現実の運動で実際に相互関係があるから、すごく、あらゆる想像力を規制するように今進んでいっている。それが、先ほどの一つの、消極的容認っていうか、自分たちの生活を守るっていう事に対してさえも消極的になると。で、そこの一つの在り方が、中電の象徴的な「第一次産業だけで喰っていけるのか」という言い方だと思うんです。今日、「ぶんぶん通信no.3」を見ていて、まちづくり連絡協議会という推進派の人たちが出てきました。これって、祝島の問題、島だったり、田舎だったり、海の問題だと僕らは考えてしまうんだけど、半分もう都市化、街にしていく、開発にしていくという事でもあるのかな、と思ったりもします。現実に補償金を貰ったり、原発が来る事で、あの界隈の過疎が止まるとも思えないし、雇用はうまれるとまったく思えないですよね。そこらはは、もうお金を貰ってしまった推進派の人たちっていうのは、揺れてる部分はないんですかね?

岡田 そうですね。地元ではこれまで27年あった中で相当額、助成金とか電源立地の交付金が降りているのは事実で。本来ならば、それだけのお金を個人が貰ったら、相当潤うはずなんですが、実際に現地を歩いてみて、ホントにここは助成金とかが配られて、豊かになったのだろうかっていう、首をかしげるような状況です。
 それとともに、実際には補償金は全部配り終えた段階で、逆に推進の中にも補助金とかの金額が、相当格差があります。推進派の中も相当揉めているような状況で。ただ単にお金が入っただけで、実際に現地は農業とか漁業も衰退していく一方で、そういった産業とかも育たないというような現状があります。それと、町の方は、ほとんど電源立地交付金に頼り切ってしまって、依存しきっているので、自分たちが何をするとかではなくて、補助金がおりる事を目当てに政策を決めているような状況があって。
 果たしてそれが本当に地元にあった、しかも地元の人たちが望んでいる暮らしが豊かになっていく事かを問えば、やっぱりそうではないと思いますし。実際に、四代を回っている中で、おばあちゃんたちに話を聞いているんですが、その中で、息子さんとかお孫さんは帰ってこないんですか、っていう話を聞きます。それと共に、原発で雇用がうまれるって中電が言っていますけど、それはどう思いますかっていう事を聞くと、推進している四代のおばちゃんたちでさえ、子供たちは原発に魅力を感じて帰ってくる事はないし、実際に雇用がうまれるのは外部から入ってきた雇用者だけで、特殊な人しか就けないから、地元の人はそういった事で潤う事は絶対にないっていう風に認識はしてるんです。ただ、目先の補償金に飛びついてしまっただけで、そういった潤いとかも実際に住んでいる人はまったく期待していないという状況にあるのは確かです。

 沖縄のね、反基地の動きがすごく15年くらいの中で、95年に米軍の兵士が少女を暴行した時に一気にまず反基地が盛り上がって。で、何度か揺れていくんですけど、99年だったかな、沖縄サミットが開催された時に…やはり今もずっと続いてますけど、振興策・助成金で潤う、サミットなんかはその最大で。潤うだろうと思ったら、とんでもなかった、と。潤うどころかサミットの間中、商売もできない。で、それで皆、沖縄の人ははたと気付いて、こんな基地振興策とかそういうものは信用ならないっていうので、今の動きに繋がってってるんですが。
 僕も一応、田名埠頭まで行った時に、広島から車で行くと、広島湾を出る手前で、まず宮島があって、大竹が出てくる。いまだにものすごい重工場地帯で。もうちょっと行くと岩国があって。重工業と軍事か…それこそ、広島市内にはない訳ですよね。ある種の、平和都市という名前になっている広島市内の外にそういうものが押し付けられているという構図が見えてくる。で、ちょっと若干海がきれいになってきたかなと思ったらそこに原発を作るのか!?っていう話で。
 それこそ山戸さんのお兄さんがいろんな海産物を売ったりされて…ひとつの、僕はそういうのが新たな取り組みになっていくんじゃないかとすごく思うんですね。大きな開発による、お金が落ちてくるっていうのも、もう、どんどん今の日本、世界的にもあまり期待できないだろうし。それこそ期待していけばいくほど本当にどんどんおかしくなっていくっていう…。で、穿った見方をすれば、推進派の人が気がつかない間に作っちゃおう、っていうのも中電にはあんのかなって、話を聞きながら。推進派の人がお金を返せるか返せないかはともかくとして、「やっぱいいよ」って言わない間になんとかどさくさに紛れて中電も作っちゃおうって感じもあるのかな

岡田 推進派の中でも格差で割れている部分もあるんですけど、原発が実際に現地に立つと、送電塔・送電線を張らないといけないとか、あと労働者の宿舎を作らないといけないっていう問題があって、今実際に一番推進をしていた所の山肌に送電線を建てるというような計画があって、そのことについて、原発を推進している人たちが大反対をしたんです。それともう一つ、その推進とか容認が多い地区の所に、雇用者の施設を作るというような話が持ち上がって、今その事に対して原発を推進をしている人たちが逆に今度は宿舎はちょっと建てんで欲しいっていう事で署名を集めたりしていて…。
 だからどうなのかって言うと、本当に自分の身になってみないと分からないというのは相当大きいんだと思うんですけど、でも余りにもその考え方は無責任って言えば無責任だと思いますし、だからそういった人たちを含めて、今後その原発をもう一度見直すって言う事に繋げていけたら一番いいのかなぁと思っています

 なるほど。なんとなくの容認っていうのと、なんとなく電気を一杯使っているから原発必要なんじゃないってみたいな感じで、ずるずるずるずる皆いってしまって。その場で何が起きているのか、あるいは、それが現実に自分の身近で起きた時に自分はどう反応するのかという想像力が、あまりにも無くって。なんか、そこらの問題が大きいかなと思うんですね。
 「ぶんぶん通信no.3」の資料を、先ほどここで配られていた中で、鎌仲さんが森口豁さんっていう沖縄をずっと追い掛けているドキュメンタリー作家の方の事を書いておられましたが、「東京に原発がやってきた」っていうドキュメンタリーがあって。それは1980年代初めに、新宿に原発を建てようっていうことをするんですね。それは半ば冗談っていうか、その場合に皆がどういう反応をするかを試していく訳だけど。やっぱりもう、典型的にほとんどの意見は、多数の利益のためには少数が被害を被ってもしようがないっていう言い方で。都市の生活のためには、そういう農村漁村にしわ寄せがいってもしようがないと。でもそれ、他人はいいんですかっていう風に聞き返すと、それはよくないけど、建てられても困るしね、っていう言い方になってきていて。
 ある種、そういう対話の積み重ねというか。さっきも言ったように、僕は、中電とか山口県とか経済産業省とかと話してもしようがないっていうか、コイツらはもうだめなんだ。むしろそうじゃない、漠然として分からないから容認してしまっている人たちを、どのように現実を知ってもらって、自分の問題として考えてもらえるかっていう、どういう風に作り出していくか、という事かなと思うんですね。
〈続く〉

岡田和樹×東琢磨トークショー採録その3→

岡田和樹×東琢磨トークショー採録その1(2010/2/28@ヲルガン座)

 2/28(日)に広島市の音楽喫茶ヲルガン座で開催された「祝島のそらとうみをおもう上映会」。鎌仲ひとみ監督『ぶんぶん通信no.3』上映後に、ハチの干潟調査隊の活動で知られ“虹のカヤック隊”として原発予定地での阻止行動に参加している岡田和樹さんと、音楽・文化批評家で「ヒロシマ平和映画祭」事務局長の東琢磨さんによるトークショーが行われました。
 トークショー採録第1弾は、まず東さんから上関原発の問題を広島から考えるためのいくつかの視点が提示され、続いて岡田さんから阻止行動に参加している思いが語られます。容認するかのような姿勢で問題に口をつぐむヒロシマの在り方を再考する問いかけが続きました。現地で正面から問題に取り組む岡田さんの“意思表示”という言葉も印象的ですが、対話と中傷ビラの話題に驚かされます。
ぶんぶん3_1
写真は、鎌仲ひとみ監督「ぶんぶん通信no.3」より

東琢磨 え〜、若干、僕の方から先に少し喋って、岡田さんに色々、現地の事で質問して行こうと思っています。やはりこの…今日どういう方が集まっているかよく分からないんですが、運動の現場の映像を見ると、僕なんか無条件に感動してしまうんですね。祝島の方々あるいは現地に入って身体はって奮闘されている方々にホントに敬意と連帯の意を表したいなという風に、あらためて思いました
 僕は、広島で、広島市で生まれ育って、高校卒業後東京にずっと行ってたもんで、2005年に広島に帰ってきて、ごそごそ生きている訳ですが。ちょうど9・11以後に、東京でいろんな反戦運動の新しい動きというのが生まれてきて、その時に、今では割と広がりましたけど、サウンドデモという形態をやりはじめたんですね。その時、その中心のような所にいて。色々、単に反戦というだけでなくて、都市の路上の解放とか、そういったことを、それまで音楽関係の仕事をしていましたので、文化表現とそういうある種の抵抗運動、解放運動っていうのがどういう形で今の都市で可能かという事と、あと主に沖縄の基地問題に東京から関わっていたんですね。で、決して僕自身は、おそらくこの上映会やった時にいろんな方が来られて話されているんだと思いますけど、あるいは岡田さんみたいに原発運動とか環境問題の方の専門っていうか、ではないんですね。今日(の映像)もそうだと思うんですが、祝島の運動というか、祝島の状況自体が、実にいろんな問題が組み合わさっていて、原発反対っていうだけじゃなくて、原発ができるまでの民主的なプロセスがどうなのかとか、あるいは実際に構築物が作られるにしても、原発ができなかったとしても湾自体を埋め立てる事による環境破壊、生活破壊、そういった事を非常に深く考えさせられるし、それをヒロシマでどういう風に考えていけるかなというのを考えています。
 で、広島にある企業だよね、中国電力…が、人があんまり住んでないからいいだろうという感じで、上関の方に行って、原発作って。この映画の中でもかなりシンボリックに使われてましたが、中電の社員の「第一次産業だけで喰っていけますか」っていう。もう考えられないような発言ですよね。そう言う発言を、広島市に住んでいる人間が許してはいけないんじゃないか。おそらく上関の原発の反対運動を巡って、いろんな議論があるようですけれども、やはり、なんびとも人の生活を破壊してはいけないという、基本的な所をまず僕ら自身が考えないと。
 ちょっと今日、初めに岡田さんと話してて、広島の中でも、できるんじゃけしょうがないじゃろ、諦めんさい、みたいな、祝島の人間が諦めないのが悪いかのように、いうような風潮すらも感じますし。これ祝島の原発という、放射能被害という事を外してみても、例えば沖縄の辺野古の基地の問題でも、あるいは今、広島の中でも進んでいるような都市の再開発の問題でも、いいかげんもう諦めろと、時代の流れなんだから仕方ないから諦めろと、諦めない側が悪いかのように、当事者ではない人間が言うと。当事者じゃない人間、例えば岡田さんのように、外側から支援で入ると、ヨソ者が入ったといった言い方をしていくとか。じゃあ中電自体がヨソ者じゃないのか。圧倒的な…数年前に流行した言葉で「非対称の関係」っていうのがあると思うんですね。「ぶんぶん通信」や鎌仲さんの仕事を指して、中電側の発言がちゃんと撮れてないだろう。っていう事を言う人もいるそうです。ただ、冷静に考えてみると、テレビでは殆ど原発は必要だと思いませんか?考えてみませんか?みたいな言い方をしながらも、大量のテレビスポットが流されるし、テレビのニュースでもほとんどが推進・企業側の視点に立ったもの、あるいは国策側の視点に立ったものに過ぎない
 例えば、先ほどデモという話をしましたが、多くの場合、テレビの映像でいろんなデモが行われたと言った場合は、機動隊の後ろから撮っています。機動隊の後ろから撮っていると、機動隊が振るう暴力は撮れない訳ですね。見れない訳で。その機動隊の暴力に対して立ち向かう人たちの暴力だけが見えてしまう。で、あたかもその人が(一方的に)暴力を振るっている、反対側が暴力を振るっているかのように見えるっていう事で。カメラのポジションによって関係性が固定されてしまうんですね。だからこそ、この鎌仲さんのように、反対側に寄り添って、そっちのカメラポジションから撮る事が必要だし、そうした映像作品、これはまだ作品という形で完結していない映像ですが、そういう映像を見ているのだ、そういう視点から見ているのだという事を、きちんと受け止める必要があるかなという風にまず、今日はその事を一点言っておきたいなと思います。
 というのが、いろんなドキュメンタリー作品があって、たくさん見る機会が増えているんだと思います。ひとつには完全にテレビとか報道の機能が、果たされていないので、もっと違う視点から見たいということで一般の人たちのドキュメンタリーを見る欲求が高まってきていて、だからこそ、記者クラブ制度や、テレビ局の…言い方は悪いですが、大本営的なテレビ局のカメラポジションではないものが、必要とされる訳で。そのような作品に対して「なぜ、中電の説明を聞かないか」というのは、見る前に前提が違うんじゃないかっていうのが、最近起こりつつある事態かなという風に思っています。

 で、もうひとつは、広島が一応…ま、今日も「私は被爆二世です」という中電社員が(映像に)出てきましたが、なぜそんな事をいう必要があったのか、っていう事ですね。その問題と原発の問題は関係ないですね。これは、広島における平和運動もそうで、被爆者の人の救援あるいは生活を守る為の当事者の運動と、平和運動ってのは全く別ものとして立ち上げないと。今日の祝島の運動であれば、祝島の住民の人たちが当事者だけれども、同時に原発が建てられる事による影響によって当事者は増えていく訳ですね。そこを、誰を当事者かと考える意味では、平和運動もそうで、被爆者だから、あるいは被爆者の声を聞いているから発言ができるのではなくて、あらゆる人間が戦争に巻き込まれる可能性があるから、あらゆる人間が当事者であるという可能性に向って開かれていくというのが平和運動の本来の在り方ではないかという風に考えています。
 ヒロシマでは、そこら辺が複雑に歪んでしまった部分があって。ヒロシマで、いつもは反核だの平和だのと言っている土地で、でもその実体は、中電の利権が隅々まで及んでいる訳ですね。単純に言って、広島あるいは山口もそうらしいですが、TVのニュースが中国電力が提供している以上は、期待しようがないという問題は考えないといけないし。広島からなぜ反原発が起きないのかってのは、その生活的な問題もあるし、ひとつには先ほど言った平和運動のある種のねじれみたいなものですかね…核の平和利用という言葉がさかんに出てきましたが、これは実は、日本ではじめに原水禁運動が起きた段階で、すでに言われている事なんですね。核の平和利用の最も身近なイメージが「鉄腕アトム」である訳で。そういう所からどのように抜けていくか。だから、核の問題なのか、核兵器の問題なのか、原発の問題なのか、原子力が与える様々な環境破壊の問題なのか、というのがまずひとつと。それと、戦争というのはどういう事か、今日は直接はそっちは関係してきませんが…広島にいるとですね、今進んでいるテロとの戦争という名目のある種の国家テロリズムをも是認して、だけど核兵器だけは使用しないで下さい、というような運動に僕には見えてしまう事が多くて。
 「ぶんぶん通信no.3」を初めて上映した「ヒロシマ平和映画祭」も、もうちょっと違う視角で、この広島で、平和の問題や、あるいは平和に生きる権利と言ってもいいと思いますが…環境の問題あるいは民族問題とか、そういったものすべてを考える視点をどうやって、もう一度作っていけるかというのを考えています。で、ここは非常に複雑ですね。ヒロシマ平和映画祭で、今回の祝島、原発関係のものを取り上げると同時に、沖縄の基地問題のものをかなり取り上げたんですが。どうしてもそこが広島の平和運動からすっぽり抜け落ちてしまっている複雑さという所で、もう一度、原爆が落とされた街としての特殊な経験を経ての平和っていうのを、どういう風に、今とは違う形で考え直すのか。僕は今、沖縄の辺野古や高江の運動にある程度は関わってきましたし、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜ちた時にもいろんな事に関わりましたが、そうした色々な運動と同じように、非常に、(祝島の運動が)僕たちに力を与えてくれるというか、ヒントを与えてくれるというか…僕らが、共に支援という言い方はどうかと思うんですが、支援していくというか、共に自分達の、今暮らしているこの広島という場所の問題として考えていけるのかというのを、ちょっと長くなってしまいましたが、考えました。

それで、あの、岡田さんにはいろんな、その話を聞きたいなと思って。ちょっと変な言い方なんですけど、岡田さんはね、中電の下請けの作業員に羽交い締めにされたり、暴力を振るわれたり、こういうのは広島の運動に僕は慣れてないのでアレですが、東京での路上解放の運動でいえば、本当にある種の大変な英雄的行為と言うとアレですが、ホントに、色んな、その後にね、嫌な事も、それだけではなくてあったと思うんですけど、よく無事で…。で、その辺の具体的な状況をまずお聞きしながら、どういう風に岡田さんが祝島に深く関わるようになってったのか、っていうのを皆さんに

岡田和樹 そうですね。僕は今、中国電力の下請けの海洋土木会社…これが広島の呉に本店があるんですけれども、その会社が現地の田ノ浦で工事を始めた時に。この時、ホントに現地っていうのは人目が届かずに、マスコミも来ないっていう状況で、無法状態の場所になってました。その中で、やっぱりなんとか台船を止めたいと思って、その台船の前について、カヤックでそういった抗議、意思表示をしてました。その中で、作業員が、向こうの推進派の漁師さんたちがたくさん来ていたんですけども、その漁船に引っ張り上げて、4人がかりで引きずり上げて。その漁船の上で3人がかりで首とか肩とか足とかを踏み付けられて、羽交い締めにされました。で、その事に対して、僕は今、作業員とその責任能力のある中国電力に対して告訴をしています。
 そういう状況になったのは、もともと…さっきの「ぶんぶん通信」の中にも、僕の名前の上に“環境活動家”ってあったんですけど、僕は全然そんな反対運動家でもないですし、活動家でもなくって、ただの広島県民ですし、一日本人として、やっぱりあの、ホントにこの原発は欲しくないという事と、自分たちの世代が今後こういった大きな問題を抱えていくっていう事が、どれほど大きな問題かというのを自分自身実感をして、その問題について、ここで意思表示をしなければ、ホントに自分達が今後大変な目に遭うんじゃないかというような事から、この阻止行動とか意思表示を続けていっている訳で。実際とところ、中国電力とか作業員に対しての恨みっていうのも全然ないですし、とにかく僕が訴えたい先っていうのは、原発推進している人とか、(心情的に)反対している人たちに対してもなんですが、容認をしている人たちに対して、もっともっとこの問題に対して真剣に取り組んで欲しいという風な思いから、今、意思表示という形で活動というか、取り組みをしています。で、僕自身、作業員に対して暴力を振るおうとか、そういった事が全然一切ない中で、実際、現地でそういった事になってしまったのは、中国電力側のやり方っていうのが、地元の人もそうですけど、僕たちの意見をまったくもって聞いてくれないようないう状況で、僕たちは現地で台船の前にカヤックで行って、それで意思表示をする事しかできなかったんです。色々、僕たちも申し込み…山口県とか中電に対して申し込みに行って、止めて欲しいという事、それから意見交換をしたいという事も伝えてきましたが、実際にはそれが却下されてしまいました。で、そういった状況で、ぼくたちは最後にできる手段として、現地での阻止行動をした訳なんですけども。その事に対しても、中電側が、僕と、もうひとりカヤックの人と、祝島島民の2人、この個人4人に対して4800万円の損害賠償を、突き付けてきました。だから、まったくもって意見も聞いてくれない中国電力ですし、ホントに信用できないと思います。だからこそ、阻止行動を続けて、今後も意思表示は続けて行きたいなというような思いで、今もいます。

 先ほどもちょっと話をした時に…容認というね。あの、今日の祝島の人で、中電とは話にならん、それでいいと思うんです。話す必要もないし、話通じないんだから。問題は、何となく容認という人ですね。先ほどちょっと言ったように、もういいかげん諦めんさい、みたいな事を言う人たちが非常に多いですよね。こういう目に遭ったとしても、明らかに後ろから絞められているのが判るような写真が出たとしても、おそらく、いつまでも反対するからこんな目にあうんだというような言い方すらしかねない。ちょっと今、日本の風潮というのが、すごく恐ろしいなと思って。というのが、イラクで人質になったジャーナリストの人が出た時にね、もう自己責任なんだから、あんな人を救う必要がないみたいな言い方をする人たちが…僕ちょうどその時東京にいて、普通の飲み屋で隣の席でそんな話をしてるんですね、サラリーマンたち。そういう感受性になっている、あるいは(そういう感受性)にならないと企業社会の中ではやっていけないというような、ある種の無気味さというのがあって。
 今日、だから、中電の…この映像をみて、やっぱり言葉の力が、祝島のおじさんやおばさんや、あるいは山戸さんとかの言葉って、すごく、僕…感動的にストレートな言葉なんんだけど、中電にしても経済産業省の役人にしても、(言葉が)死んでますよね。で、こいつらといっしょになんのかと思っただけでも…もう、それだけで無条件に祝島支持みたな風に僕はなってしまうんだけど(笑)。そこら辺の、容認…なんとなく訳わからないままに容認してしまうっていう人たちに対して、今、現場で中電に対峙している訳だけど、そうじゃなくて、どういう風に、容認派を変えていけるのかっていう事は、戦略というか…

岡田 そうですね。なかなかその、容認派っていうか、大多数がそうなので、それを動かすとか、世論を高めていくっていうのは、相当難しい事だと思うんですが。今、実際に、現地の上関町、ほとんど推進の所なんですが、そこを今、一軒一軒家を回って話をしている所なんです。で、僕が回っているのは四代地区っていって、一番推進の根強い漁師さんたちがいる場所で、そこをなんとか根気よく回っているんです。何軒かはガラガラって開けた瞬間に「締め上げるど!」とかって脅しをされる事もあるんですが、ほとんどの家の人が、反対でもなく推進でもなく、それを表に出さないだけだと思うんです。私には関係ないと、もう一番現地から近いはずの人たちなんですが、私にはもう関係ないからそういった話も聞きたくない、っていう人がほとんどなんです。そういった人の中にも、漁業補償金を貰ったりとか、そういった利権に絡んでる人もほとんどなんですが、そういった人たちに対して一体何ができるのか、って考えた時に、やっぱり27年間のこれまでの重みがその人たちにはありますし。で、新しく僕たちが何ができるのかっていうと、まずは話を聞くことかなのかぁと思って、話を聞いている段階で。その次に、やっぱり自分たちの問題として、思いを伝えるっていう事を今、少しづつ進めていっています。
 その中で実際に推進をしている人の家の中には、何人かが、家にあがりんさいって言って、色々、話をちょっとしようかっていう事で、今、カヤック隊の様子とか、現地の様子で、若い人たちが本当に必死になって、自分たちの将来であるとか、次の世代を考えた意思表示をしているんだ、っていう事を伝えていっている内に…今、実際に現地では、中電側のビラが大量に配られていて、そのビラの中には、シーカヤック隊=シーシェパードっていうような感じでのビラが相当にばらまかれています。それとともにカヤック隊はお金を貰って阻止行動をしているんだっていうような風潮が全戸に配られて、僕たちもそういう目で見られたりしているんですけれども、実際にやってるのは本当に若い、色んな所からきた自分たちの思いで来た人たち。ホントに若い人たちがたくさんいてやってるんです、という事を伝えると、じゃあ次からテレビとかでカヤック隊の事を見ても、そういった悪い人じゃなくて必死になってやってる人たちなんだっていう風に見れるわねって、何人かのおばちゃんたちが言って下さいました。
 だから、ちょっとづつなんですけど、現地ではそう言ったような、少しづつの話し合いとかで、変わっていくのかなとは思うんですけれども。世間に対しては、なかなか、実際に電気をみんな使ってるんですが、電気に対しての思いって言うか、どこでできているのかとか、なにで作られているのかという事も含めて、いろんな方向からはあるんだと思うんですけど、実際に原発が自分たちにどういう影響を与えるのかっていうのを、なかなか一方的な意見ばっかりで、伝わってこないっていう事を、まず何とか変えたいなと思うんですけど、明確に何をしたらいいかっていうのは、模索している所です。
ヲルガン座0228_1
(続く)

岡田和樹×東琢磨トークショー採録その2→
岡田和樹×東琢磨トークショー採録その3→

【No Nukes Relay】2010年1月分レポート

2009/10/12より本格的にスタートして継続中の【No Nukes Relay(ノーニュークスリレー)】。
当日の様子をレポートしていただいています。

・谷本仰/大槻オサム ダイヤローグス・イン・ザ・ダーク@koba(10/1/14)
http://ebisu-daikokuya.at.webry.info/201001/article_7.html

・瀬戸内海の生物多様性保全のための三学会合同シンポジウム@広島市国際会議場(10/1/10)
三学会シンポ1

三学会シンポ2

三学会シンポ3

三学会シンポ4
1月10日のシンポジウム

会場には、長島の生物たちの写真展示のほか、長島の磯で採取された生きた「ナメクジウオ」も見ることができました(黒いトレーの中に入ってる白っぽいちっちゃいやつ)。専門家や各学会に所属されている方から年配の方、家族連れ、小さなお子様を連れたお母さん、若いカップルなど色んな方が来場していました。

前日に現地を視察された国会議員の川田さん、平山さんの挨拶に続いて、各学会から専門家の方たちの発表。発表はスライドを使用し、写真や図も多く一般の方もわかりやすい内容でした。

中国電力の調査についての批判というよりは、専門家から見た現地の状態やそれを保全する意義・意味・理由、原発がもしも建設されたしまったらどんな影響が懸念されるのか、などという内容で、希少な生物も含め多種多様な生き物たちが同じ場所に生息していること、それ自体が重要かつ珍しいことで、希少な生物だけを1種類保護すればよいという問題ではない、ということを強調されていました(そもそもそいういう方法自体が保護に繋がらない)。

また、企業に対して企業に都合の良い調査結果だけを出すアセスメント調査を改め、きちんと真実を調査しだしていく、そいういった調査を求めるということは結局、優れた研究者の育成に繋がり社会の利益に繋がるということを強調されていたのが印象的でした。

学者さんや研究者の方、現地で実際にフィールドワークに携わっている方々が、企業に対して怖がることなく堂々と真実を発言できる環境を作るため、我々一般の人々が企業に対して公正な調査を求めることが大切なのだと感じました。

・生物系3学会の研究者による広島でのシンポジウムの報告(10/1/10)
1/10(日)に広島市・広島国際会議場で開催された「瀬戸内海の生物多様性保全のための三学会合同シンポジウム」。その世話人のお一人である鹿児島大学・佐藤正典先生が、報告文を送って下さいました。

生物系3学会の研究者による広島でのシンポジウムの報告
佐藤正典(鹿児島大学理学部)

2010年1月10日(日)の午後、広島の原爆爆心地に近い平和記念公園内の広島国際会議場において、「瀬戸内海の生物多様性保全のための三学会合同シンポジウム」が開催されました。メインタイトルは、「上関(かみのせき):瀬戸内海の豊かさが残る最後の場所」と題され、生物学研究者の組織である3つの学会(日本生態学会、日本ベントス学会、日本鳥学会)の自然保護関係の委員会が主催したものです(後援は、(財)日本野鳥の会、(財)日本自然保護協会、(財)世界自然保護基金(WWF)ジャパン、NPO法人ラムサール・ネットワーク日本、バードライフ・インターナショナル)。プログラムは以下の通りでした。

主催者挨拶:立川賢一(日本生態学会自然保護専門委員会委員長)
国会議員挨拶:川田龍平参議院議員(みんなの党)、平山誠参議院議員(新党日本)
はじめに:佐藤正典(鹿児島大学)
講演1「周防灘に残されている瀬戸内海の原風景」:加藤真(京都大学)
講演2「上関に生息する希少な鳥類について」:飯田知彦(九州大学大学院)
3学会の要望書の説明:安渓遊地(日本生態学会上関問題要望書アフターケア委員会委員長)、佐藤重穂(日本鳥学会鳥類保護委員会副委員長)、向井宏(日本ベントス学会前会長)
コメント1「陸上生物、里山の観点から」:野間直彦(滋賀県立大学)
コメント2「生物多様性保全の視点から」:花輪伸一(WWFジャパン)
質疑応答
閉会挨拶: 風呂田利夫(日本ベントス学会会長)


瀬戸内海は、本来、たいへん豊かな生物相と高い生物生産力に恵まれた海です。そして、この沿岸にすむ人々は、これまで長い歴史を通して、この生きものたちの恩恵を受けてきました。たとえば、漁業の営みは、多種多様な生物が存在する生態系の豊かさに支えられています。しかし、近年の沿岸開発によって、瀬戸内海の大部分では、生態系の豊かさも漁業の営みもすっかり失われてしまいました。そんな中で、今、多くの生物学者が注目している場所が、周防灘、特に上関の周辺なのです。瀬戸内海の他の場所では見られなくなった多くの生物が、ここには、まだたくさん生き残っている、ということが、最近、次々と明らかになってきたのです。小さな貝からスナメリのように比較的大きな生きものまで、様々な生物がセットで残っているし、その生態系に支えられた漁業もまた健在なのです。上関は、まさに、「瀬戸内海の豊かさが残る最後の場所」と言えるのです。このような海は、今の日本には、ほとんど残っていません。この点は、今回のシンポジウムで、最も強調されたことです。

この「かけがえのない価値」をもつ上関の海に、中国電力が原子力発電所を作ろうとしています。しかも、ここは、閉鎖的な内海の奥部です。環境アセスメントは、この海域の重要性に配慮したとは言えない、たいへん不十分なものでした。そのこれに対して、3つの学会は、2000年以降これまでに合計10件もの要望書あるいは意見書を中国電力や監督官庁である山口県や国に提出してきました(今回のシンポジウムでは、その全文が参加者に配布され、その要点が紹介されました)。しかしながら、これらの要望書はすべて無視され、今に至っています。このままでは、取り返しのつかない環境破壊が引き起こされる可能性があります。そうなったら、今までかろうじてここに残されてきた瀬戸内海本来の豊かな生態系もそれに支えられた漁業も崩壊してしまうでしょう。そのような被害(たとえば、漁業被害)が目に見える形で現れてしまったらもう手遅れです。そのことは、これまでの水俣病や諫早湾干拓事業の歴史を見れば明らかです。海の中の小さな生きものたちを守ることが、人間を守る事につながるのです。

今回のシンポジウムでは、原子力発電所が、通常の運転によって、火力発電所以上に莫大な熱を海に捨てる事、その過程(冷却水の取水・放水)における急激な水温上昇と付着生物防止剤(=殺生物剤)によって、水中の小さな生きものたち(プランクトンや魚の卵・稚仔)が大量に殺される事、それについて中国電力の環境アセスメントは、調査もやらないで「影響は少ないものと考えられる」と記述していることが、特に重大な問題として強調されました。この問題について、加藤真さんは、海外の論文データを示しながら、たいへん説得力ある説明をされました。とりわけ、二枚貝の幼生プランクトンが付着生物防止剤に弱いという知見が紹介され、広島名産のカキ養殖が上関原発によって深刻な影響を受ける可能性を示されたことは重要なポイントでした(これまで広島ではほとんど真剣に考えられていなかった問題だからです。それだけに、翌朝の広島の中国新聞をはじめとするメディアが、この点をきちんと報道しなかったことが残念でなりません)。
飯田知彦さんのお話では、日本ではあまり知名度が高いとは言えない「カンムリウミスズメ」がどれほど貴重な鳥であるか、たいへんよくわかりました。この鳥の存在もまた上関の豊かさを象徴しています。

一般参加者は約500人で、大きな会場がほぼ一杯になり、途中で退席する人はほとんどいませんでした。上関の現地を視察された直後の国会議員2名も参加され、環境保全の重要性を表明されました。しかし、上関の海はすぐにでも埋め立てられるかもしれないという厳しい状況にありますので、この程度で喜んでいる場合ではありません。このシンポジウムで発した声を、何とか大きな流れにしたいものです。

************
シンポジウム世話人の山口県立大学・安渓遊地先生もご自身のサイトでシンポジウムとその反響を紹介されています
http://ankei.jp/yuji/?n=847

ちなみに。朝日新聞や毎日新聞では報じられた通り(中国新聞は“祝島での説明会開催への意欲”と“早期の埋め立て再開の示唆”の発言のみ報道。シンポジウムについての発言は…スルー/笑)、このシンポジウムについて、中国電力・山下隆社長は「客観性にかけた議論だ」と批判。「(希少生物は)他の場所でも見つかる可能性は十分ある。そこだけがホットスポットという言い方はあまりにも極端ではないか」として、埋め立て工事再開を「できるだけ早く」と発言…って、めちゃ主観。

ところで。報告文を送って下さった佐藤先生は広島のご出身。最近は「九電と原発」というブックレットにも執筆されています。
http://www.nanpou.com/book/bok_276.html
ついでに。「九電と原発」を出版している南方新社さんからは、「国策の行方 上関原発計画の20年」という本も出てます。
http://www.nanpou.com/book/bok_056.html
ご興味あれば、是非。

・年末年始の祝島から
年末年始の祝島の様子を伝えていただきました。
祝島2001_1
おおしけの年末から寒い年越しとなり、今日(1/2)はだいぶあったかい1日でした。初詣は山の中の行者堂に行ってきました。
祝島2001_2
今日(1/2)は年明け初のデモもありました。鎌仲さんも島で年越しして、撮影されてます。
祝島2001_3

祝島2001_4
島では、広河隆一さんと「DAYS JAPAN」フォトジャーナリスト学校の生徒さんが撮影された写真展が「2009年の祝島」として開かれているそうです。この写真展は今後、防府でも予定されているとの事

・「一人一人が世界を変えていける時代が来てる」中川敬インタビュー
http://ototoy.jp/feature/index.php/20091216
2010年元旦リリース、ソウルフラワーユニオン「アクア・ヴィテ」のジャケットは祝島の猫たち!
アクア・ヴィテ
http://www.breast.co.jp/soulflower/special/aqua-vite/

【No Nukes Relay】2009年12月分レポート

2009/10/12より本格的にスタートして継続中の【No Nukes Relay(ノーニュークスリレー)】。
2009年12月開催イベントのレポートです。

・ライブ[NO NUKES RELAY]@向島洋らんセンター(12/12)
1212洋らん1

1212洋らん2

1212洋らん3

1212洋らん4

1212洋らん5

1212洋らん6

1212洋らん7

1212洋らん8

1212洋らん22

1212洋らん9

1212洋らん10

1212洋らん11

1212洋らん23

1212洋らん24

1212洋らん12

1212洋らん13

1212洋らん21

1212洋らん14

1212洋らん15

1212洋らん16

1212洋らん17

1212洋らん20

1212洋らん19

1212洋らん18

れいこう堂  信恵より   お礼と報告
先日の12/12の尾道の洋らんセンターでのNO NUKES RELAY
のeventは無事に終える事が出来ました、たくさんの皆さんの
協力と賛同のもとに、来られたお客さんにも、何かしら伝わったと感じてます。
ありがとうございました。
アーティストの方からの、メッセージにもありましたように
私たちの力は本当に小さい力でしかないけど、繋げ広がる事により
大きな歯車も動かす事が出来ると信じてます。
10月にあったrelayeventは、スタートです。
皆さんで気持ちや行動でrelayしていきましょう。

伝える事の難しさは毎回、痛感してますが、来年も
音楽をとうして、relayしていきます。
もっとたくさんの方に伝える為に。
よろしくお願いします、ありがとうございました。
                        お礼までに。

・にかちゃんライブ@祝島(12/8)
11/30に実現した二階堂和美さんの祝島ライブの様子が、YouTubeにアップされました。

http://www.nikaidokazumi.net/

・『ぶんぶん通信no.2』上映会@大柿自然環境体験学習交流館(12/6)
nnr_江田島1
江田島に上陸したら、海辺のカフェでランチをご馳走に。
タコライスおいしかったです!
このお店のスタッフの方もあとで上映会に来てくださいました。
nnr_江田島2
会場の「大柿自然環境体験学習交流館(環境館)」に到着。
元小学校だった建物を利用しているため、なんだか懐かしい雰囲気。

入口すぐの教室には、ミニ水族館のようなスペースが!!
ホゴ・オコゼ・ナマコ・ウニ・イソギンチャク・サメなど江田島周辺の海の生き物が展示されていて、同じ瀬戸内海の祝島周辺でもよく観られる生き物が多かったです。
海の生き物に触れるコーナーもあり大興奮。廊下には生きたカブトガニも展示されていました。

右は、毛糸で作られたネアリカ。スナメリがモチーフになっています。
色とりどりの作品が展示されていました。
nnr_江田島3
会場は畳の部屋。お子様連れの方が多かったです。
nnr_江田島4
「ぶんぶん通信no,2」を上映後、環境館の館長さんのお話。
アカテガニやカブトガニなど瀬戸内海の生き物の話がとても興味深く、面白かったです。
この後、祝島出身者として会場にこられた方とお話させてもらいました。

環境館では、カブトガニとも触れ合うことができます。
帰りのフェリーの時間が迫っているというのに、カブトガニを観たい!!とお願いしたら館長さんがどうぞどうぞとがっつり触らせてくださいました。(写真は主催者の方です)
カブトガニの甲羅は堅いですが、おなかの側はイセエビみたいなビラビラがついていて柔らかかったです。
つぶらな瞳とトゲトゲしいシッポがまた素敵。

ちなみに祝島でもカブトガニは頻繁ではないですが見られます。
私が小学生の頃、同級生の男の子が「家の前で拾った」と、死んだカブトガニを学校に持ってきたことが。
nnr_江田島5
上映会後の懇親会では、コーヒーとお菓子を頂きながらおしゃべり。
この日のお客様は江田島出身の方がほとんどで、同じ瀬戸内海の島つながりで、和気藹々と楽しい雰囲気でした。
「祝島ってどうやって行ったらいいの?」「学校はあるの?」「車が乗るフェリーはある?」など、上映会では出なかった質問がたくさん出てきました。

主催者さん・お客さまももちろんですが、環境館の館長さんスタッフの方たちみなさん親切で暖かい方ばかりで、とても暖かい気持ちになれる上映会でした。(写真と文:山戸明子)


2009年11月分の【No Nukes Relay】レポートはこちらです→
2009年10月分の【No Nukes Relay】レポートはこちらです→

※参加店鋪・団体の皆様へ。イベントレポートや当日の様子が分かる掲載可能なお写真などありましたら、横川シネマ〈cinema-st@mx41.tiki.ne.jp〉までお知らせください。随時ご紹介させていただきます。

【No Nukes Relay】2009年11月分レポート

2009/10/12より本格的にスタートして継続中の【No Nukes Relay(ノーニュークスリレー)】。2009年11月分のレポートです。

・二階堂和美さん祝島ライブ(11/30) さらにレポート!
公式HPのにかさん本人によるDIARYと、
http://www.nikaidokazumi.net
祝島のえべす商店さんのブログです。
http://02ebesuya.urbany.net/2009/12/post_33.html

・二階堂和美さん祝島ライブ レポートその2(11/30)
11/30(月)に実現した二階堂和美さんの祝島慰問ライブ。同行したゴトウイズミさんからもレポートをいただきました。イズミさんも、ゴトウイズミ+アコーディオンとして、12/12(土)向島洋らんセンターで開催されるライブ【No Nukes Relay】に出演されます。
http://gotoizumi.web.fc2.com/

二階堂和美氏が月曜日に祝島にて急遽ライブを行うというので、レポートがてらノコノコと着いていくことにした。月曜日は、祝島の住民が夜になったら港に集まりデモを行うという。「ぶんぶん通信2」で、その様子は目にしていたのだが、実際どんな感じで歩くのかというのにも興味があった。
夜18:30、行ってみたら想像よりもかなり多くの人々が集まっていてびっくり。皆「原発反対」のハチマキを巻き、意気揚々、、、、これを毎週行っているんですね。早速頭が下がる。二階堂和美氏(以下ニカヤン)や山戸明子氏(以下あっこちゃん)やヒロシマ平和映画祭の藤井尚子氏(以下しょうちゃん)らと負けじと参加。「原発〜はんたーーーいっ、えいえいおう〜っっ!」と声を張り上げる。が、途中から「カヌーのお兄ちゃんありがとうおうーっっ(ワハハハハッ笑い声)」などと様子が少し変ってくる。緊張感が少し緩み、本当の島の人達が少し見えた気がする。その後、集会所に集まりニカヤンのライブが始まる。考えていたよりも沢山の島民で会場は埋め尽くされた。しょうちゃんの軽いMCの後「ニカチャ〜ン!!!!」の呼び声でニカヤン登場。ニカヤンのギターの音が聞こえない。何を歌ってるのかわからない。それだけ会場は湧いていた。当のニカヤンも少し戸惑い気味だが笑顔で歌う。まるで何かの戦いみたいだ。島民の方の年齢層を考えたセットリストは成功だった。どの人も笑顔だった。合いの手とは言いがたい合いの手が飛び交い、それはもう凄まじいライブだった。ここぞ!という場所で誰かが前に飛び出し踊る。それを見て皆が笑う。またそれを見た負けず嫌いの誰かが前に出てニカヤンの横で踊り笑いを取る。ニカヤンの提案で私も彼女持参の小さなアコーディオンで何曲か一緒に弾く事になっていたのだが、こんな笑いの椅子取りゲームの中、私はきっといらないのでは?と真剣に考えていたのだが、呼ばれ、有り難い歓声の中前にでるが、みんな聞いちゃいない。というか、音なんか聞こえていないんだろう。適当な音を出しながらもみんなの顔を見ながら弾いていた。とびっきりの笑顔だった。ああ、、そうか。原発問題が先行して重いイメージがどうしてもまとわりつく祝島だが、皆さん根っからお祭り気質なのだ。表に出ないだけで、根本的には西海岸並みの明るさを持ち合わせていたのだった。ライブが終盤になり、「愛燦々」を歌いだした時のことだ。一番のフレーズはやっと落ち着きを取り戻したと思われる島民のみなさんも、かなりいい子(失礼!)にして聞いていた。そうそう、こんな曲はゆっくり聞きたいもんだよな〜、そう思った瞬間、(で、でたっーーーーーっっっ!)心で驚愕。これまでに何度か前に出ていた民ちゃん(女性)が、なんと全身鱗のようなスパンコールのドレスに身を包み、胸元からは肌色のシャツを軽く出し、実験後の博士のようなカツラを被り、何故か水中メガネをして花道から登場したのだ。これには、会場中お茶碗がひっくり返ったような爆笑につぐ爆笑。ニカヤンも遂にライブ中断。その後は気を取り直しダンサー民ちゃんと私も少しご一緒して、見事な感動的フィナーレ(?)を迎えたのであった。
たみちゃん
(左から)たみちゃん ニカヤン 筆者
その後、「ぶんぶん通信3」の祝島では初めてのラッシュ上映会。今現在の緊迫した状況映像にも関わらずこれまた爆笑の渦。いけないとは思っていても連られて笑ってしまう私。現在の事態はもちろん大事な問題なのだが、誰が良く映っていた、誰が面白いことを言っていたかというのも、島の人達にとっては重大な問題であるようだ。決して不謹慎といったことではなく、これが祝島の人達の真の姿なのだなあと思った。原発問題さえなければ、こんな風に毎日明るく笑っていたに違いない。みんな仲良く暮らしていたに違いない。みんな最高に笑顔が素敵な人達ばかりだった。
その後はたらふく美味しいものを私まで頂いてしまい、申し訳ないやら美味しいやらで、一日が終わった。結局、私が役にたったことは何一つなかった。本当にお世話になりました。

以上、素直な私の目から見た、今回の祝島レポートでした。
皆様大変お疲れさまでした。
ありがとうございます。
ゴトウイズミ(【No Nukes Relay】呼びかけ人)

・二階堂和美さん、祝島にてライブ!(11/30)
大竹市在住で12/12(土)向島洋らんセンターで開催されるライブ【No Nukes Relay】に出演する歌手の二階堂和美さんが、祝島で慰問ライブを行いました。彼女の今回の提案と思いについては、公式HPのDIARYに綴られています。
http://www.nikaidokazumi.net
以下、レポートです。
にか1
1)祝島へ向かう船内にて、練習中。
後ろの窓からは上関原発建設予定地がある長島の美しい海岸線がみえる。
にか2
2)ライブ会場の集会場の玄関のくつ
にか3
3)radio PUF★PUFの藤井尚子さん進行のもと、二階堂和美さん入場。
会場のみんなで呼ぼう、せーの、「にかちゃーん!!!」
にか4
4)にかさんと、急遽同行してくれたヲルガン座・ゴトウイズミさんの共演。
観客の盛り上がりに会場だった公民館の窓ガラスが曇る。あつい。
にか5
5)島のおばちゃんたちのあまりに大きな歓声・かけ声・歌声に、即興で踊り出す人まで表れ、にかさん苦笑い。
にか6
6)客席から投げ込まれた色とりどりの紙テープを身にまとい、アンコール「憧れのハワイ航路」を歌い上げ、にかさん・イズミさん・たみちゃんの感動のフィナーレ。
(注:たみちゃんは祝島の女漁師さんです)

ライブでは、にかさんが美空ひばりや八代亜紀など、島のおじいちゃんおばあちゃんもよく知っている曲を多く選んでくださったため、イントロが流れた瞬間に、「おっ!」と皆が反応、口ずさみながら聞いている人も多かったです。

「三百六十五歩のマーチ」は、にかさんが手書きで書いてくれた歌詞カードを見ながら全員で合唱!(予想以上に観客の人数が多く、カードが足りなくなってししまいました)
会場からは、初めてにかさんの歌を耳にした人が多いにも関わらず、「にかちゃーん!」と熱い声援が飛んでいました。

きのうはライブのあと、同じく祝島入りされていた鎌仲ひとみ監督の「ぶんぶん通信3(仮)」も島の人に向けて上映されました。
大声で笑い、スクリーンにむかってツッコミを入れたり、島の人たちがにぎやかに映画を見る様子が、初めて見たにかさん・イズミさん・藤井さんにはなかなか衝撃的だったようです。

その後は祝島の漁師さんが釣ってくれた新鮮な魚や、おばちゃんのおいしい手料理をいただいて、朝6:30発の定期船で島を離れました。

船着場の近くでも、昨夜のライブにきてくれていたおばちゃんたちがにかさん一行に、「ま〜よくきてくれました!」「楽しかったよ、ありがとうね!」「またきてくりょうよ」「こんなによーけ笑ったのは何十年ぶりじゃあ、ハッハッハッハーー!!」「ええ慰みになったよ」と声をかけてくれました。
にか7
船着場から撮った、日の出前のそら。
定期船が着いた柳井港の駅からJR山陽本線にゆられ、帰路につきました。

◎二階堂和美さん、ゴトウイズミさん他が出演するライブ【No Nukes Relay】は、12/12(土)に尾道市の向島洋らんセンターにて開催されます。詳細はこちら→

・ヒロシマ平和映画祭2009@広島市似島臨海少年自然の家
hpff_似島1

hpff_似島2

hpff_似島3

hpff_似島4
絶賛開催中の【ヒロシマ平和映画祭2009】。11/28(土)広島市似島臨海少年自然の家でのワークショップでは、鎌仲ひとみ監督「ぶんぶん通信3(仮)」の上映やトークショーも行われました。今後も、注目の上映プログラムが目白押しです。
映画祭公式サイト→http://sites.google.com/site/peanutsff/

・広島市立大の学生さんが、祝島でコンサート
下のキャンパスリポートで紹介されている写真展と上映会を企画された広島市立大の学生さんたちが、11/23に祝島でコンサートを行なったそうです。
http://iwai-island.jp/

・中国新聞 キャンパスリポート
http://blog.chugoku-np.co.jp/fureai20/?date=20091112#p02
広島市立大学で行われた写真展をリポートしていただいています

・ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんが祝島訪問
ソウル・フラワー・ユニオンのツイッターにて祝島での様子を紹介されています
 11/16→
 11/17→
そして、2010年元旦発売のニューマキシシングル「アクア・ヴィテ」のジャケット写真に、祝島の猫たちが登場!?乞う、ご期待!→http://www.breast.co.jp/soulflower/

・リクオ KIMAGURE DIARY
http://www.rikuo.net/
リクオさんHPの「KIMAGURE DIARY」。ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンのツアー日記の中で「上関原発阻止行動支援GIG」をご紹介くださっています

・ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン@横川シネマ(11/3)
アコパル1

アコパル2

アコパル3

アコパル4

アコパル5
出演者の快諾の元、急遽タイトルを「ソウル・フラワー・ユニオン「エグザイル・オン・メインビーチ」発売記念地方巡業アコースティック編・上関原発阻止行動支援GIG」として、フードとドリンクの売り上げがカンパに充てられました。
↓お知らせなどと共に、ライブのレポートも掲載されています
http://hiroshima20.jugem.jp/?eid=23

2009年10月分の【No Nukes Relay】レポート
はこちらです→

【No Nukes Relay】2009年10月分レポート

10/12より本格的にスタートした【No Nukes Relay(ノーニュークスリレー)】。
2009年10月に開催された企画の様子をレポートしていただいています。

・反原子力デー2009「原発いらん!in上関(田名埠頭)集会」(10/25)
田名埠頭1

田名埠頭2
【No Nukes Relay】(当初の)終了予定日だった10月25日(日)に、下記リンクにある通り、阻止行動が続く山口県の田名埠頭にて、反原子力デー2009「原発いらん!in上関(田名埠頭)集会」が開催されました。
上関原発最新情報「10/25に田名埠頭で反原子力デーの集会開催」
http://new-k.livedoor.biz/archives/803376.html
10/16(金)AINA HAINAでのライブでCAY ART TRICKS久保開作さんが描いて下さった絵を、「上関原発を考える広島20代の会」から現地に届けていただきました。
↓10/25のレポートも掲載されています
http://hiroshima20.jugem.jp/?eid=14

この集会で講演されたフォトジャーナリスト・広河隆一氏が編集長を務める月刊誌「DAYS JAPAN」10/20発売号の特集は「祝島 原発を拒否する人々」です。http://www.daysjapan.net/

・祝島写真展@HCC実行委員会(10/24)
nnr_HCC
広島市立大学で行われた写真展と上映会の会場です

・Tsubomi(10/24)
tsubomi
安佐北区の公民館で、若いお母さんたちと赤ちゃんから小学生までのこどもたちも一緒に、料理教室が催されました。
使った食材は祝島産のワカメ・びわ茶・てんぐさ。
それに広島市で育った玄米に柿など。
参加者の方から、ワカメが味が濃くておいしい!!と大絶賛でした。
てんぐさは煮溶かして固めてトコロテンに。
プルプルの感触がこどもたちから大人気、おいしい!おいしい!と、たくさん食べてくれました。

その後、RCCで今年の3月に放送された映画「祝の島」の特集を10分ほど見て、お話会をしました。

若いお母さんたちの、おいしくて安全な食べ物をこどもたちに食べさせたいという気持ちが伝わってきた、ほんわか和やかな会でした。

・TO FUTURE GIG @BORDER(10/21)misery1
会場風景
misery2
主催(MISERY・ガイさん)挨拶と募金・署名の呼び掛け
misery3
上映風景と署名の呼び掛け
MISERY
ライブ風景。上映会では立ってご覧くださった方もいたそうです。
署名もお客さんのほぼ全員プラス出演者、ライブハウススタッフの皆さんがしてくださいました。

・OTIS!(10/21)
OTIS
上映後のお話会の様子です

・単独旅行舎/大槻オサム(【Relay】イベントではありませんが、ヲルガン座や横川シネマでのイベントにもご出演いただいている役者・大槻オサムさんが田名埠頭に行かれたレポートです)
http://ebisu-daikokuya.at.webry.info/200910/article_14.html

・CAFEネコバコ
ネコバコ
祝島の干しだこを使った期間限定メニュー“干しだこときゅうりとみょうがの酢のもの”。
店内では祝島の猫写真展も行っています。

・salon 薔薇と迷宮(10/20)
薔薇と迷宮
キャンドルナイトに詩をよむ会
質疑応答コーナーを設けて
みんな涙がでそうになった
勉強になった
しらなかった
、など

映画をみて衝撃を受けたようです。。。

・柳井・瀬戸内シネマ(10/17)
瀬戸内シネマ1

瀬戸内シネマ2

瀬戸内シネマ3

瀬戸内シネマ4
映画「東京原発」の上映会です

・宮島・大聖院(10/18)
大聖院
10/16(金)AINA HAINAでのイベントで描かれた絵も会場に登場!

・MMK@ハノバー庭園(10/17)
MMK

・食べにきんさい屋・酒飯 増亭
nnr_masutei
店内に祝島の写真や田名埠頭での抗議行動の様子、「旬遊」紙面で紹介された祝島の取材記事、また20年ほどまえに広島のお母さんたちが上関原発の計画に反対するため作成したキルトも展示してあります。
店頭には季節の果物や自然食品が、奥のスペース「酒飯 増亭」では美味しいお酒とお食事がお楽しみ頂けます。

・上関原発を考える広島20代の会(【Relay】イベントではありませんが、会による山口県への申し入れの報告を書いておられますので、ご一読ください)
http://hiroshima20.jugem.jp/?eid=11

・自然菓子工房 欧舌(山口県熊毛郡田布施町)
http://www.oh-shita.com/slowlife/blog/478.html

・わっか屋日記
http://waccaya.soreccha.jp/

・ウシロダ工房@津山K2
http://ukpunk.exblog.jp/12128815/

・蛇足/LOVE POP
nnr_lovepop
大学の先輩が一人でやってるカフェバーです。並木通り沿いの、球とかPrimalのビルの7Fです。
・オリジナルメニュー
祝島のこととか、上関原発のこととか、前からちょこちょこ話してて、それからイメージしてカクテルを作ってもらいました。ジンに、パルフェタムールというすみれのリキュールと、あとミントがたっぷり入ってます。ちょっと切なくなる味、です。女性も飲みやすいかんじ、でおいしいです。
・写真展
店内に写真展示をさせていただいています。祝島の日々の様子を中心に、田名埠頭での阻止行動の様子もいくつか展示しています。
また、署名を呼びかけるリーフレットや「ミツバチの羽音と地球の回転」「祝の島」のリーフレット等設置してます。(写真と文:山戸明子)

・koba(10/14)
nnr_koba
「ぶんぶん通信No.2」が上映されました

・Radio PUF★PUF(10/12)
nnr_pufpuf
ゴトウイズミさん、山戸明子さん、纐纈あや監督による「祝島女子トーク」生中継(再放送も予定されています)

・音楽喫茶ヲルガン座
http://organza.jugem.jp/?eid=102

・しまなみアースガーデン
http://mukai-shima.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/no-nukes-relay-.html

・「祝の島」座談会@横川シネマ(10/12)
祝の島座談会広島1
「祝の島」最新ラッシュ上映前、纐纈あや監督の舞台挨拶
祝の島座談会広島2
上映後、纐纈監督と山戸明子さんのトークショー
祝の島座談会広島3
山戸さん(左)と纐纈監督(右)
祝の島座談会広島4
劇場ロビーにて、写真展も開催しています
nnr横川シネマ3
先月から続く阻止行動の写真や、広島では読めない記事が掲載された山口版の新聞も掲示しています

※参加店鋪・団体の皆様へ。イベントレポートや当日の様子が分かる掲載可能なお写真などありましたら、横川シネマ〈cinema-st@mx41.tiki.ne.jp〉までお知らせください。随時ご紹介させていただきます。

calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (09/16)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (09/01)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (09/01)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (07/21)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (07/17)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (07/17)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (05/21)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (05/21)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (05/06)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    通りがけ (04/29)
recent trackback
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    自宅でかんたんフラレッスン (12/25)
  • 11/23(祝)nice time!nice live!!nice music!!! 『小さい惑星 地球。広い日本、もっと広い世界、つながっている、、、水も空気も音楽、そして命も。。。』
    自宅でかんたんフラレッスン (11/30)
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM