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纐纈あや×二階堂和美トークショー採録その2(2010/6/6@横川シネマ!!)

祝の島先行7

祝の島先行9

祝の島先行4
纐纈あや×二階堂和美トークショー採録その1→

《纐纈あや meets 祝島》
にか:監督にうかがいたかったのは、最初に祝島を撮ろうと思ったきっかけとか、撮って行くうちの気持ちの変化っていうか、そういうの。大変だっただろうなぁっていうのを、察知したんですけれど。

あや:私、祝島に行ったのは七年前に、本橋成一っていう写真家で映画監督の、彼の事務所でスタッフで仕事してまして。私、写真がしたいとか映画を撮りたいとかでは全然なくて、事務スタッフとしてそこに勤務してたんですね。本橋の2作目の映画の「アレクセイと泉」っていう、チェルノブイリ原発事故で被災して、それでもふるさとを捨てたくないって言って住み続けているご老人がいるんですけど、その村の日々の生活を撮ってる映画がありまして。その映画を、下関の女性が、この映画に出てくる老人たちにそっくりな人がいるから、西日本にいるから、そこにこの映画を見せにいきたいって仰ったんですよ。それで、「アレクセイと泉」の映画のフィルムをキャリアに括り着けて、本橋と行ったのが最初なんですね。で、やっぱり私も二階堂さんと同じように、原発反対の島って、ずっと闘っているっていうんで、すごい閉鎖的で、なんか戦々兢々とした世界を勝手にイメージして、行ったんですけど、船を降りたった途端、ああいう映画に出てきた島の人たちが、次々に現れて。皆、声をかけてくれるんですよ。「どこからきたん」「あんた若いねえ」とかなんとか。もうね、その姿をみた瞬間、もう、「うわあ、素敵!」って思ったんですよね。全然違う、私が思ってたのとって。逆にふるさとに帰ってきたような、すごくあったかくて懐かしい気持ちになって。完全に祝島の人にやられたんですよ、私。

にか:うん

あや:だから、その映画をね。祝島の人を撮りたいと思ったのも、色んな経緯があったんですけど。やっぱり報道で撮られている島の人たちの姿っていうのが、私の中にある、大切にしてる島の人たちの姿と、あまりにもギャップがあって。で、報道っていうのは、なにかがあった時のニュース性な訳ですよね。極端に言ってしまえば、事件でなければニュースにならない訳ですから、そういったものを切り取っていくのは当たり前なわけで。でも、そうじゃないんだよ、島の人たちは、っていう事を言いたいって所から、どこか始まったところがあるんですね。だから、私が好きだと思うもの、面白いと思うもの、興味があるものに、カメラを向けるっていう風に、島の中でそれは決めていて。だから、原発問題っていう事を取り上げる、っていうことだったら、全然違う撮り方になったと思うんですけど、原発問題を説明したいということでは全然なかったので、今日見ていただいたものは、私が好きだとか、面白いとか、楽しいと…もしくは、すごく悔しかったり、悲しかったりっていう、ホントに自分が大切だと思う所だけを抜き出した、というそんな感じのものになっています。

にか:そうですね。その、私もやられた方の口なんですけど…知り合いになっちゃったんですよね。なんていうか、知り合いのおばちゃんっていうか、親戚のおばちゃんになってしまって。あのおばちゃんたちが、こんだけやってるんだったら、ちょっとほっとけないみたいな。

あや:ホントにね。私、祝島にもうずっと二年間通い続けて、なんかもう祝島に帰るってのは、すごく大きな親戚の家に帰るみたいな。あの祝島全体が、親戚の人たちがうじゃうじゃいる、そこに帰ってく、みたいな、感覚があります。

にか:本来は、多分、日本のいろんな所にもあった形なんだろうな。私も家がお寺だし、どっちかというと高齢の方と接する機会が多くて、私も90過ぎたおばあちゃんと一緒に住んでたりするんで、馴染んでるつもりだったんですけど、半端じゃなかったというか(笑)。同じように、年を重ねて、時代を重ねて来られた中でも、また特別、自給自足というか、そういう生活の中で見えてくる強さというか…そういう事なのかなぁ、って。

あや:なんかね。島にいると、なにを食べて、なんのために仕事して、何と繋がってて、なにが嬉しくて悲しくて悔しくてっていうのが、ホントによく見えるんですよね。なんかこう、海と山とそのものに繋がってるという感覚とか、お隣さん、島の人たちと繋がってるとか。あとは…過去から現在未来と時間が繋がっているとか、そういう繋がりみたいなものをすごく感じられると思ったんです、私は。で、東京生まれ東京育ちなので、だから余計、そういった事にものすごい感動したんだと思うんだけど。そういうつながりがある、つながっている、自分がそのつながりの中にあるっていうことを、実感しながら生きることが、これだけ幸せな事かって思ったんですね、島にいる間。だから撮影は、私の場合は口実みたいなところがあって(笑)。祝島にいられるのが嬉しい、そういった中での撮影だった感じですね。


《『祝の島』の、印象深いシーンのこと ※映画をご覧いただいて読んでいただけると嬉しいです

にか:いろんな魅力的な、生活だったり、景色だったり、もちろん人…を撮ってく。撮りたかったから撮っているんだろうな、みたいなのを事を勝手に。私も音楽をやっているので、どうしても作る側の感覚にひゅって入っちゃうんですけど。冒頭は、原発の反対運動の一環で始まるじゃないですか。あれは実は結構意外だったんですけど、私はもっと人間の方に迫っていって、そこからいくのかなと思ってたんですけど、あれは最初から…

あや:いや、全然違ってましたね。絶対島の人たちのああいう姿から、物語を始めるのは嫌だって思ってたんです。色々制作スタッフからも意見が出まして、私は抵抗していたんですが…。色々考えていった時に、まず、私の中にも原発反対の島という事が情報としてあって、そこから祝島の人たちと出会ったので、その順序を踏んでいくっていうのは、ひとつ、島の人たちとの出会いの過程で、そういう道筋があってもいいのかなと…思って、受け入れた。そんな感じですね。あの抗議行動の島の人たちの姿とか、推進派のおじさんと祝島のおばさんが言い合ってる、ああいう言い合いから入っていくというのは、ひとつの入り方だな、という感じ。

にか:纐纈さん、今日お話するまで、一言二事くらいしかお話できなかったけれども、なんとなく、すごくそれが意外だったので。でも逆に、決意みたいなものを感じたんですけど。別にその事を伝えようというような、責任感というよりは、自分の出逢った順序に忠実に…

あや:そうですね。自分の中で変化していった、島の人たちの見える姿が変化していった…みたいな事、ですね。

あっこ:さっき、祝島にいる時は、人とのつながリだったり、空と海と繋がってる感覚だとか、過去現在未来つながってる感覚をすごい感じるって仰ってたじゃないですか。例えば…

あや:例えばもう、日々の暮らしがね、まず海にいって魚を釣って、山にいって畑耕して、採れたものを食べて、っていう当たり前の事がありますよね。で、生活の場でこの海があって、生活の場で山がある、と。その中で、自然というものに人間が養われているというか、そのものを食べているという事が、まずすごく大きく大前提としてあるという事と。あとは、過去現在未来というつながりは、何で見られるかっていうと、すごく感じるんですけども…ひとつはですね、私はそれを視覚化できるものが、あの平さんの棚田だと思っていて。私、棚田に初めて行った時に、ホントにすごい棚田なんですよ、皆さん、見た方もいらっしゃるかも知れないですけど、天空にこう…そびえる城のような、ホントそんな感じがして。私、その前に立った時に、あの石垣って、私の身長以上もある、1トン以上もあるような岩をごろごろ積み上げられてるんですね。あれを30年間かけて積み上げたって、その30年間で、積みおろして、上から積みおろして、あの1段がだいたい9メートル位ですね、それが4段半かな、あるんですけど。それって、あの石垣そのものが、30年それ以上の時間の積み重ねみたいな感じで、その目の前にした時に、なんかね、タイムトリップしたような気がしたんですよ。で、あの石垣が特にそういう象徴的なもの、私自身がそう感じを受けたんだけれども。そういうことがたくさんあって。

あや:もうひとつすごく思ったのは、インタビューを、今まで撮影させていただいてた方たち皆それぞれに、最後の最後で話を聞きに行ったんですね。その最後の人の話を聞き終わって、使ったのはごくごく一部なんですけど、本当に心にずしんとくる言葉がたくさんあって、それを何度も何度もこう思い返していた時に、全員の人が、すごく共通してる事を言ってるって気がついたんです。それは、すでに亡くなっている方、この世にはいない人たちの事を思って、その人の思いとか願いとか、そういったものを大切に胸にしまっている。もうひとつ、今この世にいない、まだ目に見えない、先の命の事を考えている。その上で自分がなにを今選ぼうとしているかって事を考えているという事が、皆さん共通してたんですね。今いる島の人たちっていうのは、過去から現在の自分があって、先代の先代の先代がずっと暮らしてきたのを引き継いでいて、それを引き継いでいきたいと思っている。島の人たちの存在そのものが、繋がっているという事の中にいる、っていう。その事を感じて。祝島の人たちの存在そのものが「つながり」なのかもしれないですね。

にか:私もたいがい田舎の方だし、今日来られている皆さんは、方言とかもね、比較的理解しやすいかもしれないけど、遠くの方になったら、どのくらい分かっているんだろうって、ちょっと心配もあるんだけど。

あや:もう全然ね、分からないって方もいらして、ツアー最初に完成した時、まったく字幕入れてなかったんですね。皆さん、とってもよかったって仰ってくださる方が多かったんだけども、言葉が判らなかったっていう事が多く寄せられて。ずっと引き込まれて見たい聞きたいって思ってる時に分からないってすごいフラストレーションになる。そういうのを感じて。でも、字幕って入れるのはラインマーカー引くような…日本語にね、字幕を入れるというのは。だから、全部入れるか全部取るかみたいな、そんな事を思ってたんですけど。そういう風なご意見をいただいて、お年寄りの部分だけ入れるっていう風に、今はしてるんです。

にか:私、ドキュメンタリーを少しだけ撮ってもらったことがあるんですけど、大体ツアーだけって限定された時は、まだいいんですけど、そうじゃない時には、監督さんの方で最初から意思があるんですよね。まだ喋らせるっていう事は、まだ欲しい言葉が撮れてないんだな、みたいな(笑)。

あや:インタビューを最後の最後までしなかったというのは、インタビュー、私、すごい苦手で。というのは、自然に話を聞きたいと思っても、絶対にキャッチな言葉とか面白いエピソードとか求めちゃうじゃないですか。結局そういう事を求める自分が嫌だ、っていうので、インタビューを禁じ手として、そんな風にこだわってしまっていた部分があって。(撮影中は)なによりも空気のような存在になりたいって、すごい思っていたんですね。できる事なら自分の存在を消してしまいたいくらいまで。でも途中で、ありのままの姿ってあり得ないなと思ったんですよ。その空間には私もカメラマンもカメラもあって、撮ろうとしている私たちの存在があって、それを含めての空間となった時点で、変わっている、と。ありのままはない。その時に、空気のような存在に、自分の存在を消すんじゃなくて、そういうふうなものを撮ろうとして、その意思で今自分がここにあると、キチンと自分でここにそれであるんだって事を認められると、相手が相手としてキチンとそこにあるという事になるんだなと、ふと気が付いた時があって。そうするとね、不思議にいろんな事が起きるようになったんですよね、撮影中に。カメラを回しはじめると。それがすごく不思議でしたね。…そうそうそう、そうするとね、島の人がね、こういうこともやろうかって(笑)。共同制作なんだな。ドキュメンタリーはそうなんだな。劇映画とドキュメンタリーって、何が境か分からないっていうような感覚を覚えた事がありました。

にか:ちなみに、紅白を見ているシーンは。私は特に好きなシーンだったですけど、あれは置きカメラ?

あや:いやいや、あれは反対側に三人うしろに。伊藤のおばちゃんの家でね。私、撮影がない時も夜には時間があると、あそこいってお茶飲んでて。コーヒーを飲んで、ゴロゴロして。伊藤のおばちゃん家が一番熟睡できるんですね。いるのがいつもと同じみたいな。まぁカメラはあるけど、って。疲れるとあそこにいって寝て。ふふ。ホントに居心地がいいんですよ。なんかね。あの茶の間でニュースでね、老人介護のニュースが流れて、デイサービスがどうちゃらこうちゃらってなった時に、伊藤のおばちゃんが「わしら毎日デイサービスじゃ」って言って(笑)

にか:自主デイサービス(笑)。ほんとですね。あれはびっくりしましたね。

あや:伊藤のおばちゃん家も、13人くらいかな。こたつに入り切らないくらい集まってたらしいですよ。ああいう場所がね、いくつもあったんだよね。今は、そんなに無くなってるみたいだけど…。

《最後も、たみちゃんの話題で…》
にか:たみちゃん、今後どのくらい有名になっちゃうんでしょうね。

あや:たみちゃんのね…孫がこの間ね、すごい真面目な顔してこういうんよって言って。「たみちゃんはね、男なの?女なの?」って、ばあちゃんに向かって言ったって(笑)。

にか:実は、美人ですよね。

あや:たみちゃんは、ものすごい野性的勘が鋭くて、大のカメラ嫌いなんですよ。ものすごい遠くからカメラを回してても、自分に向けられてると分かると、さっと背中を向ける。私は、たみちゃんがいいないいなと最初から思ってて、じりりじりりと間合いを詰めて(笑)。最後、たみちゃんがカメラに向かって話してくれるのも、あれもホント報道の方たちが見た時に驚いて感想言ってたの、「たみちゃんがあんな事言ってましたね!」って。あの後、鳥が二羽、電信柱にいるんですけど、私、あれ「そうだ!そうだ!」って意味合いのつもりも込めて入れてたんです。けど、祝島ではあのカット、大爆笑で、「たみこがあんな普段言わないこと言うから、鳥も笑ってる」って。たみちゃん、でも、まんざらでもなさそうでしたけどね、上映会で(笑)。

祝の島先行10

祝の島先行8

映画『祝の島』 http://www.hourinoshima.com/
纐纈あや監督 http://holynoshima.blog60.fc2.com/
二階堂和美さん http://www.nikaidokazumi.net/

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